「戦争が終ってオタクは生まれた」台湾講義論旨2014年1月18日

台湾にお招き頂き、
2014年1月18日、台南 崑山科技大学さんで、
漫画についての講義をさせて頂きました。

台南 崑山科技大学さん2014年1月18日

http://www.f-2.com.tw/index.php?q=events_other/35195

此度の講義は、開田裕治先生ご夫妻と、
日本のオタク文化を愛され、大変造詣深くておいでの王凱平様との
旧来のご交流から賜りました、誠、身に余ります勿体なきお話でした。

お話承るなり、「私のような輩が…」と即座にたじろぎつつも、
しかし、そのあとずさる力より強く、
今、この日本の国状や、アジアの状況の中、
日本のオタク文化を愛し、お受け入れくださっている台湾の皆様に、
とてもお話したい、お伝えしたいことがある!という、乗り出してゆくカを感じました。
画像や言葉が心に、頭にあふれてきました。

反戦が「トレンド」でムーブメントもあった子供時代、
漫画、アニメ、特撮、映画、あらゆるものからそのメッセージを受け取り、
「とにかく日本は、二度と戦争しない」と、信じきっていました。
様々な動きや出来事があっても、心の奥底で、「でも戦争はありえない」と確信していました。
しかし、震災後、「子供時代が終った」ような、
甘やかな夢幻からいきなり目覚めて、荒野に立たされたような、
厳しい感覚の中であえぎつづけています。

「日本はもう二度と戦争しない」ことが、あたりまえ、と
信じきって育ってきた世代として、今、
とんでもない不安な時代の気配の中、
自分の世代が受け止めてきたことを、
次世代に十全に渡してこなかった故ではないか?の
猛省の下、此度の講義は
必死で考えをまとめさせて頂く幸いなる機会となりました。

以下がその講義の概要です。
(以後も各項目内容やエピソードを加え、更新して参ります)

************************************************************
「戦争が終ってオタクは生まれた」
「オタクは反戦。戦争しない」

大学の講義で論ずるならば、「オタク」とは、「反戦」とはの
言葉の定義で先ず歴史的検証も含め、何回かを費やさざるをえませんような、
暴論とも判じられかねません主題ですが、
「このこと」を、私は、漫画、アニメ、特撮大好きな子供として
戦後日本のオタク文化の受け手として、
生きて、見てきたことをとおして確信しています。

「なぜならば」、と、このことを裏付ける実例をあげ、
論理的飛躍へのご容赦を乞いつつ、
「証言」として、事例報告として、
そのことを皆様にお伝えできたら、と願っております。

本物のオタクは、絶対に戦争をすることを許さない、
もし、国家が戦争に向かおうとするならば、オタクはそれに抵抗する。

なぜならば

漫画、アニメーション、特撮といった、
いわゆる「オタク」な表現分野には、
その先人であられます
手塚治虫先生や、ちばてつや先生、
水木しげる先生、赤塚不二夫先生
また、ウルトラマンを生んだ金城哲夫さんのように、
戦争でとても苦しい目にあわれた、戦争体験者の
「二度と戦争が起こらないように、戦争を起こさないないように」という、
強い祈りが基礎にあるからです。

とても象徴的に、「戦事下の表現への弾圧からの解放」が
現代に至る日本の漫画の隆盛の始まりであったことをあらわす、
手塚治虫先生の漫画の一シーンがあります。
戦争が終わった喜びと、「これから誰にもえんりょせずまんがを描くぞ!」という
決意を表明されるシーンです。(参考資料『紙の砦』大都社 1987年刊、他)

〇手塚治虫先生からはじまった「漫画」

〇ちばてつや先生、赤塚不二夫先生の中国東部からの帰還
(参考資料『ボクの満州―漫画家たちの敗戦体験』亜紀書房 1995年刊、他)

〇水木しげる先生の「復員」
(参考資料『昭和史』1988-1989年講談社刊『総員玉砕せよ!』 1973年 講談社刊、他)
父母や祖父母の世代から繰り返し聞かされた戦争体験の話

〇沖縄の戦火の中で 怪獣に託した金城哲夫さんの叫び
(参考資料『ウルトラマン島唄』筑摩書房 1999年刊、DVD『金城哲夫 西へ!』 2005年刊、他)

〇戦争を描く新たな作品 こうの史代先生、おざわゆき先生の漫画
(参考資料『『夕凪の街 桜の国』双葉社 2004年刊、他 『凍りの掌』 小池書院 2012年刊、他)

〇国際漫画サミットの願い

〇日本漫画家協会さんの表現規制との闘い

そして、「“オタクは戦争しない”って、ミリオタはどうなんだ、
戦闘機や戦車や戦艦や、軍服大好きなのがいるじゃないか」
という予想される疑問に対して、
開田あや先生のWEBに記しておられた鮮やかなる反証を紹介させて頂きました。

「大好きだから、使わずに、とっておくんです!」
オタクはコレクターでもあり、大切なものは箱入りのままとっておきます。
だから戦争なんて、滅相もありません。然り々々。

てか、戦争したいとか言ったら、ソイツは「真の」オタクじゃねーよ!
「真の」て誰判断…?ぐらいの握りこぶしな論調に(すみません…)

質疑応答で、宮崎駿監督作品についても熱く語りました。

今回の講義をとおし、ご参加の皆様から次のようなことを伺い、衝撃を受けました。

『進撃の巨人』のショッキングなワンシーンがぬき出され、
「日本人は斯くも残酷で好戦的である」というプロバガンダに使用されている、
といったことが他国で現実にある。ということ、また、
今回の講義でご覧に入れた、
水木しげる先生の、『昭和史』の巻頭カラーページの、「東京大空襲」の絵
(第5巻「太平洋戦争後半」より。B29と零式艦上戦闘機が重厚に描かれている。
その下で東京が焦土と化していることを表している)も、キャプションを消し去り、
日本人が「戦争を勇壮なものと描いている」と読ませることもありうるということ。

半泣きで、水木しげる先生が、いかに戦争を愚かで悲惨なものとして
くりかえし描かれてきたか、等、また、熱くひとしきり、握りこぶしで語り、
『昭和史』のラストの非戦の誓いの絵も準備してきて
ご覧に入れられたらよかった!と悔やみました。

今、この時代、状況の中で、
自分にとってとても重要な、大切な有り難い機会を頂き、
たくさんのことを勉強させて頂きました。

講義の実現をお支え、お援けくださいましたすべての皆様、
お受け容れ、お受けとめくたさいましたご参加者の皆様
本当にどうもありがとう御座います。
謝謝、謝謝。

付**********************************************************************************

講義のはじめに、
台湾の皆様の東日本大震の折の日本への
あたたかいご厚情と多大なるご支援へのお礼を
被災地、福島の方々からお預かり致しましたメッセージも含め、
申し述べさせて頂きました。

王様のご翻訳くださいました台湾語版もこちらにご掲載頂いてあります。

http://www.f-2.com.tw/index.php?q=noriko

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台湾の皆様へ

東日本大震災の折、台湾の皆様のくださいました、
あたたかい励ましや、世界一の大きな尊い救援は、
災害に打ちひしがれ、悲しみに沈む日本にとって、
希望の燈火であり、立ち上がり、歩みはじめるための杖でありました。
本当にどうもありがとう御座います。
言い尽くせぬ、心よりの感謝の思いとともに、
台湾の皆様のご多幸を、いつの日もお祈りし申し上げております。

東日本大震災の被災地、福島の皆様からも
台湾の皆様にお伝えください、と、
メッセージをお預かり致しました。

「台湾の皆様には、200億円以上ともいわれる多くの義援金を頂き
本当にありがとうございます。助かりました。心から感謝しております。
台湾の皆様から頂いた思いやり、まごころは生涯忘れません。
私にとって台湾はとても特別な国です。
これからも良い関係でありたいと思っています。」

台湾の皆様の尊いお志は、震災被災地に、また、
日本の人々の心に、永遠に失われない宝として
大きな感動と喜びをもって届いております。

本当にどうもありがとう御座います。 永野のりこ

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Responses

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